『 ホンカの歴史⑱ 』

こんにちは。

ホームコーディネーターの小俣です。

ホンカ 施工例5

今日のホンカの歴史は前回に引き続き、1970年代についてお話ししたいと思います。

1976年の8月、ホンカに悲劇が襲いました。

先見の明をもちマーケティングに長けた社長、エイノ・サーレライネンが病により急死したのです。

※サーレライネン兄弟:左からアルヴォ、ヴィルヨ、ネストリ、レイノ、エイノ・サーレライネンホンカ 歴史

70年代初頭から行われてきたいました経営戦略と会社の成長は彼あってこそでした。

あまりにも大きな指導者を失い、はたして誰を後継者にすればよいのか。最終的には当時イカーリネンの工場長として働いていました兄弟の末っ子レイノが社長に就任することとなりました。

1978年にはホンカといえばだれの目にも明らかなほど、フィンランドのログハウス業界のトップに躍り出ていました。

ホンカの集中化は進み、リクエサで続けられていました丸ログ材の製造が1978年にはカルストゥラに移されました。

これによってリクエサの工場の生産は、製材と角ログ材に専念することになりました。

のち、1985年、カルストゥラでの製材能率が十分になったところで、リクエサでの製材部門は廃止されましたが、ログ材製品の開発は相変わらずリクエサで続けられました。

1995年、リクエサの工場で生産されたログキットは年間800棟ありました。2003年までにアラヤルヴィとカルストゥラでの生産力はは非常に高くなり、生産できるログキット数は需要を超えられるようになっていきました。

フィンランド ホンカの歴史_6

※2008年のカルストゥラ工場。

リクエサはホンカの他の工場からは遠く、とくに今世紀に入って市場が幅広の角ログ材からラミネートログ材に移行していったことで、その存続が危ぶまれるようになってきました。

長期にわたる話し合いの末、ついにリクエサの工場は2005年の夏に閉鎖させることになってしまいました。

1960年に機械によるログハウス生産を始めた思い入れの強い地、リクエサ。辛い決断だったそうです。

 

この続きはまた次回に・・・。

小俣 ホンカ 小俣

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株式会社ホンカ・ジャパン
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小俣 あけみ
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