こんにちは。
ホームコーディネーターの小俣です。
ホンカがマシンカットログハウスを開発し、約60年。そんなホンカの歴史をわかり易く、シリーズでお伝えしています。
2回目の今日は、サーレライネン兄弟の会社についてお話ししたいと思います。
ホンカの前身にあたりますサーレライネン兄弟の会社「 サハウス・ヤ・ホウラリーケ社 」と「 ホンカトゥオテ社 」で社長を務めたのは、長兄のヴィルヨ・サーレライネンでした。
とはいえ、肩書で仕事内容を振り分けたりはしなかったそうです。兄弟それぞれの得意分野を活かして、それぞれの仕事をするまで、ヴィルヨのリーダーとしての力量は彼の性格がよく表していたそうです。
発明好きで、商売人としては不適切な部分があり、彼のような人物は逆に会社のトップに立つ者としては、まさに適任とも言うべきだったそうです。
1967年、ホンカはフィンランド東部のリエクサとフィンランド南部で事業を行うようになりました。
南部に暮らすエイノ・サーレライネンが南部から積極的にビジネスに参加してくれていることで、一見厄介に思われる二つの事務所の距離も問題になることはなかったそうです。
エイノはここで自分の才能を存分に発揮してくれたそうです。誰の目にも彼は兄弟の中で最もマーケティング能力に優れていることが明らかだったそうです。
やがて彼が社長に就任することになります。エイノは後に会長にも就任しました。
彼の手腕で、ホンカは戦略的に会社を成長させるための計画に乗り出すことになります。
1976年にエイノが死去、ホンカには新たな試練が訪れることになります。
これを乗り越えようと新たに社長に就いたのが、レイノであり、会長にはヴィルヨが就任しました。彼らが力を合わせて取り組んでいかなければならなかった最大の事業は、カルストゥラでの工場開設でした。
ホンカには創立以来「 ホンカスピリッツ 」というものがあります。
仲間意識、肩書きにとらわれず一緒に何かをしようと団結する力。特に製造そのものに力を注いでいたレイノ・サーレライネンが社長だった時代は、多くの人が人間同士のぬくもりを記憶しているそうです。
レイノは足しげく向上を訪れては従業員たちに様々な質問をし、彼らの言葉に耳を傾けていたそうです。
こうすることで、会社の団結力はさらに高まっていったのでした。会社が主催する数々のお祝いやイベントは多くの従業員たちの楽しみだったそうです。
会社のリーダーが自ら従業員のもとへ足を運ぶことによって、ここで働く人たちの会社への信頼感や一つの目標に向かって力を合わせる意識を確固たるものにしました。
レイノ・サーレライネンの姿勢は、次の回答にもよく表れています。2008年の春、すでに定年退職している彼に「 いつ頃大企業の仲間入りをしたとお感じになったでしょうか? 」と、質問したときの事です。彼はインタビュアーの目をしっかりと見つめて、迷わずにこう答えたそうです。「 そんなこと一度たりとしてなかったよ。 」と。
いかがでしたでしょうか。
こうして、ホンカの歴史を読み直していると益々ホンカの魅力を感じる小俣でした。
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