カテゴリー別アーカイブ: ホンカの歴史

『 ホンカの歴史㉞ 』

こんにちは。
ホームコーディネーターの小俣です。

HONKA 室内 子供2

今日のホンカの歴史は、海外進出の見直しについてお話したいと思います。

ホンカの海外進出に関しては、簡潔な新しい形で取り組むことになりました。

新しい戦略は「 ホンカのブランドを輸出先に浸透させること。局地的ではなく、対象国全体に視野を広げること。」でした。ここで対象国として挙げられたのが、これまでも良好な関係を続けていたドイツ、オーストリア、日本、フランスでした。さらに新たにアメリカを加えました。

これらの国々を対象に計画的なマーケティング戦略が練られることになります。日本とドイツ、フランスそしてアメリカで次々と子会社を設立しました。

1991年から1995年にかけてのことでした。これらの子会社がホンカの主な輸出国それぞれの中心として、あらゆることに対応するようになりました。

ドイツへの輸出を意識的に働きかけるようになると、まもなくしてホンカの重要な海外取引先となりました。1990年初頭に東西ドイツが統合され、一時的に売り上げが鈍っていました。

これは国の西側の代理店たちが旧東ドイツに力を入れるようになり、そのために西側での売り上げが落ちたことが原因でした。2年ほどでこの問題は解消し、売り上げは元に戻っただけでなく、さらに成績を上げていきました。

1990年代も半ばに差し掛かるころ、環境にやさしいものへの評価が上がり、同時にログハウスの人気が高まったこともあります。しかし、住宅ローンの利息に対する減税措置が縮小されたことで、1995年には住宅の購入が減少しました。

その他、建築基準が変更されたことで難題もふりかかってきました。問題が次から次へと襲いかかり、困難なことも多い。それでもドイツはホンカにとって重要な輸出国であり続けています。

フィンウッド社の買収はホンカの輸出戦略を拡大させることにもつながりました。それはフィンウッド社が行っていたパートナー制度を採用したからです。パートナー取引は、ハウスキットを地元の代理店に売り、そこで彼らの名で販売するというものです。

ホンカではこのようなシステムは、1980年の自社ブランドの強調戦略によって既に廃止されていたのでした。1996年に輸出パートナーは8か国に及び、パートナーシップ契約での売り上げは輸出全体の29%になりました。1990年代のはじめにこのような輸出体制をとったことは、正しい選択であったと考えられますが、結局その後のマーケティング開発では全く別の道をたどることとなりました。

1998年、ホンカのブランド戦略が一本に絞られたからです。これによってホンカというブランドの認知度を世界的に高める方針が打ち出されました。全てホンカの名前で取引を行うこととなりました。これまで可能だったパートナー自身のブランド名での販売は、新しい決定では受け入れられないものとなったのでした。

フィンランド ホンカの歴史_ハウス・フライボルグハンブルグに完成した500㎡の住宅、ハウス・フライボルグ(1990年) 

次回のこのシリーズは、ドイツへの行動についてお話しします。

小俣 ホンカ 小俣

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株式会社ホンカ・ジャパン
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小俣 あけみ
E-mail omata@honka.co.jp
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〒190-0011
東京都立川市高松町3-17-2
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TEL  042-548-4169
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『 ホンカの歴史㉝ 』

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2019.5.9 本物 木の家 住宅

今日のホンカの歴史は、海外の子会社による経営についてお話したいと思います。

海外の子会社は1990年代初頭にホンカの経営を拡大させ、海外の子会社による経営規模の拡大は計画的に行われ、まずはスウェーデンから着手されました。

1980年代半ばにはスウェーデンでの市場も軌道に乗り始めます。ホンカの最初の海外子会社が設立されたのは、スウェーデンのスヴァンスカ・ホンカラケンネ社で1978年のことです。

スウェーデンのログハウス市場にはかなりの投資をしましたが、それは勝算があってのことでした。

ところが技術的なことに始まり、考え方の違いなど、数々の困難が生じました。それでもスウェーデンの市場には期待が大きかったのですが、住宅ローン問題がその期待を飲み込むかのように襲いかかってきました。

ホンカ 軽井沢プリンス

購入者たちは、ホンカの子会社を通じてスウェーデン郵便貯金銀行から住宅ローンを組んでいたのですが、その利息が高かったそうです。同時にスウェーデンでは1980年代初頭に国の財政改革があり、納税制度の見直しなどの影響で建設業界全体が不況に陥ってしまいました。

ホンカを購入したもののローンが払えない状態になった人達が増え、物件がホンカの手元に残るようになってしまう。最後は底値で売るしかない、そのような決断にまで追い込まれました。

あまりにも風当たりが強く、もはやスウェーデンでの市場には見込めるものがないと判断し、それまでの計画を中断して、1985年には子会社を閉鎖することにしました。

最終的な撤退は1987年になります。スウェーデンでは成功することはありませんでしたが、高い授業料を払って学んだものと考え、次の海外進出での成功に目を向けました。

次回のこのシリーズは、海外進出の見直しについてお話しします。

小俣 ホンカ 小俣

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『 ホンカの歴史㉜ 』

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HONKA UK 2015.4.24

今日のホンカの歴史も、前回の続きで1970年代のお話しです。

ホンカの海外進出は1970年代には、3つの方法で行われていました。

ひとつは子会社設立で、例えばスウェーデンがそうです。その他代理店形式をとり、ドイツやオーストリア、日本がこのやり方を取りました。

3つ目はエージェント形式で、これが一番使われていました。ドイツの大学都市マルブルグのヘーリット・ヘルベルスハーゲンがドイツで最初の代理店としてホンカの販売にあたったのが、1972年のことです。

ハンブルグでは建築家ブレーメールがサポート役となりヴケセが代理店業務を開始。キールではフィンハメント社ヨル・フブナーが1978年にホンカに加わり、彼はドイツで一番息の長いホンカの代理店として活躍した方だそうです。

1980年代に入って重要な輸出先が加わりました。フランスやスイス、オランダです。1970年代後半の売上に占める輸出の割合は変動が激しかったそうです。

HONKA 工場全景

〖 カルストゥラから世界へ向けての物流システム 〗

1970年代はじめ、カルストゥラの工場が可動し始めたころに使われていたのは、リフト仕様のあるトラクター1台のみでした。

これがありとあらゆる仕事をこなしていたそうです。工場の製品をトレーラーに運び込むのも仕事のひとつでした。

HONKA 工場6

現在では製品は全てパックされて出荷を待つようになっており、オペレーターがコンピューターで次の製品が何かをチェックします。

出荷時に行わなければならないのは、コンテナやトレーラーに積み込む際にどのようにキットが入っているかを示した見取り図を作成することです。

これに加えて日本輸出されるものに関しては、お客様に見せるために、製品の画像とともにそれを運ぶトレーラーやコンテナの画像をデジタルカメラで撮影することになっているのです。

ホンカの歴史  出荷時写真3ホンカの歴史  出荷時写真2ホンカの歴史  出荷時写真1ホンカの歴史  出荷時写真

これによって製品がまとめられ、コンテナにきちんと運ばれたことをお客様に確認してもらうことができるのです。当時は画像を書類に同封して届けていましたが、現在は画像データをダウンロードしてお客様にお見せしています。

常に最新のICシステムを導入し、在庫確認などの作業を簡単にし、さらに徹底した品質管理を可能にすることが出来るのです。

次回のこのシリーズでは、海外の子会社による経営についてお話したいと思います。

小俣 ホンカ 小俣

□◆ 32坪のログホーム・建て方工事見学実施中! □◇

日時  : ご希望の日時にあわせてご案内中!

場所 : 埼玉県飯能市  ※案内図はご予約の際にお送り致します。

予約先 : メール hirai@honka.co.jp 携帯 090-3132-1169

担当  : 平井まで

※工事中の現場のため、安全に配慮し予約制とさせて頂きます。 皆さまからのご予約、お待ちしています!

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『 ホンカの歴史㉛ 』

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HONKA 2.27

今日のホンカの歴史は、前回の続きで1970年代のお話しです。

1970年、ヴィルヨ・サーレライネンは自らが株主となるノルディック・ハウス社の営業所をトゥルクに設けました。

ここは輸出を目的に設立された会社でした。

マッティ・イコネンがその輸出を担当することになり、1974年には、本社への統合に伴ってトゥルクからトゥースラへ移りました。この時にイルメリ・シュメリザーが入社しましたが、彼女は2007年の定年まで、輸出畑一本でホンカの輸出を担当し続けました。

ホンカは目覚しい海外取引をスタートさせたかようですが、1970年代は輸出にはまだまだ消極的でした。簡単に言えば、お客さんが来てくれるなら売るというやり方でした。自分たちから海外へ向けてアピールすることもあるにはありましたが、微々たるものでした。

1970年にオーストリアがホンカの輸出先として意識されるようになります。

ホンカの歴史【 オーストリアにあるホンカが建てたELKのモデルハウス. 】

ヨハン・ヴァイシェルバウムの家を販売していた家族経営のイヴォ・インターナショナル社が、フィンランドのログハウス輸入を始めたのでした。こことの連携が終了してからも、ホンカはオーストリアに通うなど自ら積極的に代理店に会い、継続的にホンカの輸出が出来るようにしました。

ホンカの歴史1【 ホンカがドイツに近いオーストリアの街アムステルダムにオープンさせたデザインセンター。2003年オープニングにて、クリスチャン・ウィンクルハンマー(左)、マウリ・サーレライネン(中)、カリ・サーレライネン(右)。 】

オーストリアでの市場拡大が大きく成長したのは2001年から2004年にかけてのことでした。アルヴォ・サーレライネンの息子カリ・サーレライネンが家族と共にオーストリアに移り、オーストリアとスイスのセールスマネージャーに就任しました。彼の業績は大きく、これによって代理店数もモデルハウスのネットワークも格段に増えたのでした。

次回のこのシリーズも1970年代についてお話ししたいと思います。

小俣 ホンカ 小俣

□◆□◇ ログ積み見学のお知らせ □◆□◇

日時  : 3月1日(金)~  5日(火) 9時 ~ 16時

場所 : 埼玉県飯能市  ※案内図はご予約の際にお送り致します。

予約先 : メール hirai@honka.co.jp 携帯 090-3132-1169

担当  : 平井まで

※工事中の現場のため、安全に配慮し予約制とさせて頂きます。 皆さまからのご予約、お待ちしています!

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『 ホンカの歴史㉚ 』

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HONKA 2019.1.15-1

今日のホンカの歴史は、前回の続きから1960年代についてです。

順調なスタートを切ったと思われたイギリスへの輸出ではありましたが、思うように成績を伸ばすことはできませんでした。

その理由のひとつはイギリス国内での保険のあり方でした。

火災保険料が石造りの建築物に比べて格段に高かったのでした。ただフィンランドでは、60年代に入ってEFTA(※)による政策のおかげで輸出入が容易になり、海外のと取引が一般に浸透していきました。

※(European Free Trade Association の略) ヨーロッパ自由貿易連合。イギリスの提唱により一九六〇年、イギリス、オーストリア、スイス、ポルトガル、デンマーク、ノルウェー、スウェーデンの七か国が結合した、貿易自由化のための連合。その後、アイスランド、フィンランド、リヒテンシュタインが加盟したが、一九七二年、イギリスとデンマーク、八五年ポルトガル、九五年オーストラリア、フィンランド、スウェーデンが脱退。

また、年間を通じてフィンランドのトゥルクとスウェーデンの間を大型カーフェリーが定期運航されるようになり、多くのフィンランド企業が北欧市場をはじめとする海外進出を始めた頃でもあるのです。サーレライネン兄弟にとってもこれはいい機会でした。

60年代、ホンカのログハウスはわずかではありますが、スウェーデンにも輸出されました。

ホンカの歴史_Royai Appointment

サーレライネン兄弟は、60年代に銀行と中小企業連盟が共同で設立したフェンノ・エクスポート社を通じて、輸出拡大のきっかけづくりに努めました。これによってスイスとの初めての取引が実現し、またイギリスのエリザベス女王の所有するスコットランドの宮殿内に、休憩室と食事室を備えたガーデンハウスを手掛けることとなりました。建設にかかわったのはネストリ・サーレライネンでした。2007年夏には、その35年目の修復を行っています。

ホンカ 歴史【 真ん中の方が、ネストリ・サーレライネン氏 】

ホンカの歴史_エリザベス2世

フィン・ニシェ誌で、マルック・ヴァルッティアイネンが撮影したエリザベス2世の写真が掲載される。ホンカが女王のためにバルモラルに建設したサウナ。サウナの階段に立つエリザベス2世。

エリザベス女王のガーデンハウスがホンカのログハウスだということがわかり、とても嬉しくなった小俣でした。

次回は、1970年代についてです。お楽しみに!

平井 小俣 ログハウス ホンカ 写真

□◆□◇ 完成見学会開催のお知らせ □◆□◇

日時  : 2月9日(土)・  10日(日) 10時 ~ 16時

場所 : 千葉県館山市  ※案内図はご予約の際にお送り致します。

予約先 : メール hirai@honka.co.jp 携帯 090-3132-1169

担当  : 平井まで

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『 ホンカの歴史㉙ 』

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ホンカの歴史2018.12.16 

今日のホンカの歴史は、海外の子会社と輸出の業績についてです。

ホンカの輸出先はイギリスでした。昔からイギリスはフィンランドにとって重要な輸出先でもあります。

少ないながらも輸出は、企業の将来を考える上で意味が大きかったそうです。それはすでに60年代に意識されるようになりました。

経営が難しくなった時、会社の株を手放すことでなんとか会社を支えようとした結果、創設者兄弟は決定権まで手放すことになってしまったそうですが、これを取り戻せるようになる最初のきっかけと言えるのは、1967年にマンチェスターに売られたフィンランドのスパとサウナでした。

この仲介をしたのがリバプール出身のイギリス人ビジネスマン、レオナルド・ウィリアム・ウィットマンでした。

トゥースラ時代に残した彼の業績は大きい。ラウリの愛称で知られる彼は、のちにマルッティ・アハティサーリ大統領から、フィンランドの経済顧問の称号を与えられました。

角ログ材のスパに支払われた前金は1967年イカーリネンの工場を稼働させるのにも一役買っていたそうです。この取引で得た売上金を元に、イカーリネンの自治体の後押しも得てホンカ・トレード社を設立。

フィンランド ホンカの歴史_6

その他カルストゥラ工場を建設し丸ログに力を入れる環境を整えることにもつながりました。

こうした全前進を見せるうちに、ついに自分たちがかつて手放した決定権を取り戻すチャンスが訪れました。

1972年に日本へ250棟のログハウスを輸出するという商談が成立したのです。前金として200万マイカの金額が支払われ、これが株を買い戻すだけでなく、前年に開設されたカルストゥラ工場の丸ログ材製造ラインの稼働をも支えてくれたのでした。

ホンカの歴史2 

手放していたリエクサ工場も、これで取り戻すことができたのでした。

ホンカの歴史2018.12.16-1【 父アルヴォ・サーレライネンの休暇を兼ねた出張で一緒にスウェーデンのノーレテリエを旅行中のアニタ、ピリヨ、カリ。1960年代。 】

この続きは、また次回へ。お楽しみに!

小俣 ホンカ 小俣

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『 ホンカの歴史㉘ 』

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HONKA finske masivni drevene2

今日のホンカの歴史は、住宅としてのホンカモデルの登場についてです。

大きめのサマーハウスは1970年代の初めころから通年で過ごせることを考えて販売されるようになっていきました。

サマーハウスではなく住宅をという要望のも増えていった1978年、住宅としてのログハウスモデルが誕生しました。ホンカの住宅モデルは登場と同時に評判となり、間もなく会社の重要な製品カテゴリーとして定着していきました。

人気モデルとなったのが「 アウリンコイネン 」です。

1980年にクオピオで開催されたハウジング・フェアでは来場者の人気投票で、数々の住宅の中から最高の家に選ばれました。

ホンカの歴史_2018.11.25【 ホンカラケンネ社の「 アウリンコイネン 」は、クオピオで1980年に開催された住宅フェアで来場者が投票するベストハウスに選ばれた。 】

カラ・ライニオ設計事務所で設計されたこの住宅は、ホンカの高級感のあるセカンドハウスの要素に当時のフィンランドの住宅に目られた人気の傾向を融合させたものでした。

1980年代の中頃からログハウスのキットにもいくつかの選択肢ができ、L字型を初めとするさまざまな形をとるようになっていきました。床面積が最も小さいモデルは、「 カステピサラ 」、対極に大きなモデルは「 ウスヴァ 」や「 ウッコネン 」です。

1980年代の初めから3タイプの断熱外壁モデルが登場。これによって外壁を板材で仕上げることもできるようになりました。

ログ材が組まれた角部分は、これらの断熱加工によって、その内側に隠れるのです。ホンカの住宅モデルは1990年代半ばには、一軒家を建てたい人達のために、35種の選択肢が提供できるようにっていきました。

床面積の最も小さいものが「 シエポンペサ 」、最大のものは「 ヤールリ 」という勾配地に建てられるタイプのものです。当時の新製品では特に家の外観に配慮したものが多かったのです。「 イデュッリ 」や「 ハルモニア 」トイッタモデルがそうです。

ホンカの歴史_アピラニーットュ【 アピラニーットュ 】

また伝統的な住宅を見直すレトロブームに対応するための「 タピオントゥパ 」も登場しました。これは角ログ材で建てられた直線的なイメージのある建物で、昔の田舎の家を思い出させるものでした。

ラインナップにはまた新しい方向性が見られるようになりました。「 色 」を取り入れたのです!

多くのモデルは従来同様に木肌の色が見えるような加工を施していましたが、淡いパステルカラーのモデルや、青や緑のログハウスが登場しました。1996年にウロヤルヴィで開催されたハウジング・フェアでも、来場者の人気投票でホンカの十着が選ばれました。これは需要の側から聞こえてきた意見とホンカの長年にわたる特性をそれぞれ活かした結果でした。

カリ・ラウニオ設計事務所で設計された住宅でしたが、住宅にはラミネートログ材が採用され、塗装によって現代的な印象に仕上がっています。現代ではあるが静けさもあり、躍動感とくつろぎを兼ね備えた住宅なのです。

ホンカの歴史_ M3【 日本に建てられたホンカのキッチンは自然光の恵みを活かして明るい。調理器具や棚は壁に取り付けられ、中央の食卓に十分なスペースを確保している。 】

サマーハウスやセカンドハウスといった余暇向けモデルとは異なり、住宅ではテーマのあるシリーズを今でも続けています。細部にこだわったり、立地環境を考慮したり、あるいは想像力を存分に発揮した住宅パターンもあります。

「 クッカコティ 」のシリーズは全部で9タイプあり、安らぎを念頭に設計されているものです。外観はすっきりしており、テラスなどは全体の印象のなかでまだちすぎることがありません。

また切妻屋根が落ち着きのある全体像に仕上げてくれています。当時の「 トウンネ・シリーズ 」には4タイプあり、ホンカの伝統的なスタイルを踏襲しています。また長年受け継がれている家のスタイオルの延長上にあるものとして「タロキリヤ」といったシリーズもあります。

次回は、海外の子会社と輸出の業績についてお話ししたいと思います。

小俣 ホンカ 小俣

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『 ホンカの歴史㉗ 』

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ホンカ 景色

今日のホンカの歴史は、1980年代のお話です。

セカンドハウスの建設は1980年代の終わりに「 ホンカ・ウネルマ 」というシリーズを開発したことで、まったく新しいスタートをきりました。

室内も外観も従来のものとは全く違ったタイプの大胆なシリーズでした。

片流れの屋根と大きな窓が特徴の「 カンガストゥス 」、「 ピーロネン 」、「 リュフトュ 」、「 タハティ 」、「 クールピーロ 」は現代的な造りです。

塔がしっかりとしつらえられた古き良き時代の風格を漂わせているのが「 ヨウツェン 」、「ネリヤ・トルニ 」、そして「 トゥーリハットゥ 」などのモデルです。

ホンカ レイヤ
【 ホンカで最も人気の高いモデルのひとつが
建築家 ユハ・パルダニウスが設計した「 レイヤ 」】

「 ホンカ・ウネルマ 」のシリーズで一番の人気を博したのが「 レイヤ 」です。建築家ユハ・パルダニウスの設計ですが、正方形の室内を覆う屋根の取り付け方が、このログハウスを個性的なものにしています。屋根の向きを斜めにかぶせる、つまり屋根の棟木を、壁のひとつの角から対角の角へと掛けているのです。

このモデルは時代や場所に応じて様々な形で建てられてきており、たとえば勾配地に建てるタイプなどの登場しました。

このモデルは中央に必ずリビングルームを置き、それを囲む形で寝室やキッチン、オプションとして脱衣所つきのサウナがあります。

1990年代の終わりにはサイドにテラスが施されたタイプのログハウスで特に人気のシリーズが登場しました。「 マウステ 」と「 タハティ 」で、それぞれ5タイプのモデルがあるシリーズです。

21世紀に入り、各種テーマごとに取り揃えたモデルシリーズを終了させました。

それは、モデルシリーズよりも、より顧客一人ひとりの要望に応えてログハウスを設計していく形をとるようになったためです。

ホンカの2008年セカンドハウス用モデルのラインナップには39種ものオプションが用意されています。

余暇の過ごし方が変わってきたのがその理由のひとつです。

より室内の設計にこだわる傾向にあります。ほぼすべてのモデルで通年で暮らせる設計が出来るようになっており、より快適に室内の時間を過ごせるよう室内にトイレを置いたり、そのほか玄関クローゼットや電気調理器のあるキッチンなどの設備が加えられるようになっています。

次回は、いよいよ住宅としてのホンカモデルの登場です。

小俣 ホンカ ログハウス 小俣

<イベント開催>

□◆□◇ 完成見学会を開催します! □◆□◇

日時       : 11月23日(祝金)~  25日(日) 10時 ~ 17時 場所   : 千葉県市川市
※案内図はご予約の際にお送り致します。

予約先  : メール hirai@honka.co.jp    携帯 090-3132-1169 担当   : 平井まで

引き続き、『 ホンカ・ログハウス構造見学実施中! 』

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『 ホンカの歴史㉖ 』

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ホンカ インテリア21

今日のホンカの歴史は、前回に引き続き1970年代のお話です。

1970年代の終わりには「 トリッパ 」という4タイプからなるモデルシリーズが登場しました。

ログ材はどれも幅広で、テラスは建物の横部分にたっぷりと配置されています。

テラスを横に置くことで、リビングがテラスの屋根で日陰にならないよう工夫されています。

ホンカの歴史

当時登場したタイプで最大の「 エーロラ 」は2008年当時もほぼ変更のない状態でラインナップされていました。

このタイプは室内に寝室2室と大きなリビング、キッチンとダイニングがあります。

1970年代の終わりには、新しいテラスのデザインが登場しました。

また屋根の斜面を急にすることで、屋根下の部分をロフトにすることもでき、テラスの上のログトから外へ出られるバルコニーを設けるようにもなりました。

このタイプは、「 カキケッロ 」という名でたちまち人々に認知されました。

販売開始と同時にこのシリーズのログハウスは大評判となり、ホンカの製品では人気のタイプになっています。

次回は、1980年代の終わり頃のお話をしたいと思います。

<イベント開催>

『 ホンカ・ログハウス構造見学実施中! 』

小俣 ホンカ ログハウス 小俣

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『 ホンカの歴史 ㉕ 』

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ホンカ WORLD7

今日のホンカの歴史は、1970年代のお話しです。

1970年代中頃にはサマーハウスやセカンドハウスのモデルが20以上ラインナップされていました。

ホンカ サマーハウス

その多くはすでに1960年代からある定番のもので、どれも幅広のログ材を用いており、横に広がる形の設計になっています。

屋根の下にはテラスのための空間を確保。平井が担当させていただいたプランにも多く取り入れられています。

手摺りや柱もログ材で、窓もまた木製で納められています。

屋根はどれも緩やかな傾斜の切妻屋根を採用。

ホンカ イソ・ピエリネン

ホンカ イソ・ピエリネン2

「 イソ・ピエリネン 」というハウスモデルは当時からあり、21世紀に入ってもなおホンカのラインナップにあるモデルです。

1975年のラインナップで小さな小屋タイプで愛されていたのが、「 イソ・ホウティアイネン 」というシリーズです。

同様のシンプルでこじんまりしたタイプのものは、ほかに「 ソルサ 」「 テルッカ 」「 イナリ 」などというモデルでした。

大自然の中では、小さな小屋とサウナがあって寝ることができれば他には何もいらないといった人向きでしょう。

当時のサマーハウスで余暇を過ごす人たちは外にいる時間を楽しんでいたのでした。

大自然の息吹を感じたい・・・そんな余暇のあり方では、室内で過ごす時間はそれほど重要ではなかったのでした。

1975年のラインナップでこれらのシンプルなサマーハウスの対極をいっていたのが「 ピエタリンホヴィ 」です。

寝室4室のほかにキッチンやダイニング、トイレ、大きなリビングがあるモデルです。

 

こうして振り返ってみても、現在のカタログにも掲載されているプランがあるって素敵ですね。

次回も引き続き、1970年代の歴史をお伝えしたいと思います。

小俣 ホンカ 小俣

■◇■ 構造見学実施予約先 ■◇■

場所:千葉県市川市内
※現地案内図は、ご予約時にお渡し致します。

時間:10:00 ~ 17:00
※ご見学希望時間とお見えになる人数をお知らせください。

予約先:平井 hirai@honka.co.jp
平井携帯:090-3132-1169

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