カテゴリー別アーカイブ: ホンカの歴史

『 ホンカの歴史⑰ 』

こんにちは。

ホームコーディネーターの小俣です。

 HONKA 室内 植物

今日のホンカの歴史も前回の続きとして、1970年代についてお話したいと思います。

 

1970年代飛躍的な成長ぶりはホンカの当時の社長エイノ・サーレライネンの将来を見据えた計画と、そのための企業戦略があってこそでした。

この計画の中には国内の販売網と海外市場の開拓と拡大がありました。

本社を新たにヘルシンキの近郊にあるヤルヴェンバーに移転させ、それまで各地でばらばらに行われていたマーケティングをここでまとめました。

ホンカの成長に伴い、イカーリネンの工場地は拡大できない場所にあるという理由から、あまりこの増しい状況ではないと判断されました。

そこで工場で行われていた角ログ材製造ラインを1976年にはリクエサに移すことになります。

イカーリネンの工場はのちの2000年にはPWウインドウズ社という名前で独立した会社の形態をとりました。ここでは窓をメインに製造ラインをがひかれることになりました。

同時に新しい場所を確保し、そこで生産が進められるようにもなります。

2001年、この新会社の大半の株が、ホンカからPWウインドウズ社に売り渡されました。

これはログ材の製造という自社の中核にある事業により力を注ぐためでした。

ホンカ 歴史

1970年代、ヤルヴェンバーの展示場。写真はここを盛り上げたエイノ&シニッカ・サーレライネン、ナナ&ヤルモ・ペンティネン(左)。エーロ・サーレライネン、カレヴィ・マンニネン、ヴォルホ・コッコネン、リーッタ・ヨウッピ、エイノ・サーレライネン、トイヴォ・ヘドホリ。

 

それでは今日はこの辺で、この続きはまた次回に・・・。

小俣 ホンカ 小俣

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株式会社ホンカ・ジャパン
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小俣 あけみ
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直通電話 080-7044-6911(ログイイ)

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『 ホンカの歴史⑯ 』

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ホンカ・ログホーム

今日のホンカの歴史は、1970年代についてお話したいと思います。

前回の続きです。

カルストゥラの工場は1973年に転換期を迎えました。日本との取引で支払われた前金によって新たな投資が次々と行われたのでした。その成果は数字を見れば一目瞭然です。

1972年のログハウス生産は100棟を超え、翌年には230棟、さらに1975年には500棟に迫る勢いで伸びていました。

やがてカルストゥラの工場も手狭になり、1980年には工場の拡大を決定。同時にこれを期に生産の中心をカルストゥラに定めました。

ここは地理的にも質の良いポーラーパインが育つ地であり、また原木の中心産地といっていいくらいに数多くの倉庫がこの近辺にあったのでした。

カルストゥラの工場が20周年を迎えた年、ここの従業員数は185人にもなっていました。このうち40人が役職についています。役職の数の大きさは、この業界に要求されることが多様化し、同様に必要とされる分野の知識が細分化されてきたことを物語っています。取り扱い家のタイプが大型化、多様化しているのです。

また顧客たちそれぞれの希望が増加、それらに応えていくためでもあります。このときにはカルストゥラの工場で年間1,600棟のログハウスキットの生産を、そして3,000棟分の製材を行っていました。

ホンカ ポーラーパイン

カルストゥラで積み上げられたログの山。1987年。

この続きはまた次回に・・・。

小俣 ホンカ 小俣

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場所:千葉県御宿町内

※現地案内図は、ご予約時にお渡し致します。

予約先:平井 hirai@honka.co.jp
平井携帯:090-3132-1169ホンカ ログハウス キグミ 完成見学会1

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『 ホンカの歴史⑮ 』

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HONKA 室内

今日のホンカの歴史は、1970年代についてお話したいと思います。

 

1972年には日本との間でログハウス250棟という大きな商談が成立しました。

この取引に伴って200万マルカの前金が支払われましたが、イカーリネンとカルストゥラの工場ではこなしきれない棟数でした。

そこでかつては彼らの工場だったリエクサの工場を完全にホンカに統合させることにし、前金として得た収入によってサーレライネン兄弟はホンカトゥオテ社の筆頭株主に返り咲くことにもなりました。

日本との取引で成長途中にあったこの会社を経済的に安定させ、長期にわたって開発に力を注ぐ基盤が得られたのです。

ホンカの歴史4

カルストゥラの工場が完成する前、1971年8月にホンカラケンネ社はログハウスの生産をフィンランド中部サーリヤルヴィのコルカンラハティで始めました。

 

この続きはまた次回に・・・。

小俣 ホンカ 小俣

 

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『 ホンカの歴史⑭ 』

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WORLD OF HONKA (24)

今日のホンカの歴史は、新しい工場の建設についてお話したいと思います。

新しい工場の建設は1971年9月21日、森の中の何もないところに建てられました。

工場が完成すると、近隣の町から購入した中古の機械を運びこんでいきました。

購入したこれらの機械を用いて丸ログ材機械を作ってみたところ、それまでのものより繊細なログ材ができたそうです。

新しシステムでは木を回す段階で木の芯をしっかりとらえることができ、以前よりも精度の優れた仕上げができました。

カルストゥラ工場は1972年の初めからカルストゥラ・ホンカ社という社名で生産を開始しました。

工場設立の決定から半年、目の前でログ材が次々と製造ラインにのって形になっていったのでした。

そして、カルストゥラの工場で最初のログハウスが完成したのは1972年11月のことでした。

ホンカの歴史 (1)

この写真は、リエクサの工場で角ログが並べられているところ。
ログハウスは出荷される前に試し組みされます。
写真のログはその時の様子です。
通しボリト作業もホルツヘル製の道具を使って丁寧に行われます。

 

この続きはまた次回に・・・。

イベントのお知らせです!

詳細はこちらから ⇒ inつくばのモデルハウス

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『 ホンカの歴史⑬ 』

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HONKA

今日のホンカの歴史は、時代をゆくホンカの誕生についてお話したいと思います。

 

サーレライネン兄弟はこの状況に満足できず、新たな会社を設立しました。

まずは販売を行う会社を、そして愛後には新しいログ材工場を有するまでになりました。

まずは1967年にホンカを設立、そしてレイノ・サーレライネンはタンペレに程近いイカーリネンに移りました。

彼がそこでやろうとしていたのは平削りの角ログ材製造でした。
1967年12月5日、イカーリネンにトラック1台分の材木が届きました。
翌日からすぐに仕事に取り掛かり、工場でログハウスの生産に入りました。

1966年からリエクサの工場で工場長を務めていたアスコ・トゥオヴィネンが機材を調整し、すぐさまイギリスに販売されることになっていたスパとサウナの製造始めたのです。

ホンカの歴史 (2)

【 イカーリネンで製造された室内サウナ。中央ヨーロッパに輸出されました。 】

1970年にはそれまで有限会社だったホンカを株式会社にしました。

サーレライネン兄弟はリエクサで、丸ログ材を製材するための技術開発を進めていました。

ただ一方では、その発明したものに対する完全な決定権を持っていません。イカーリネンの工場では平削りのログ材を生産してはいましたが、兄弟たちの思いは丸ログでした。

これからこの産業できっと成長していくはずだと信じていたのでした。

この流れでフィンランド中部にあるカルストゥラにホンカの丸ログ材生産ラインを設けようということになり、カルストゥラ・ホンカ社が誕生したのでした。

 

次回のホンカの歴史では、新しい工場の建設についてお話したいと思います。

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『 ホンカの歴史⑫ 』

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ホンカ2

今日のホンカの歴史は、1960年代頃の建材の確保についてお話したいと思います。

 

木材なくしてログハウスを建てることはできません。ホンカの工場はフィンランド中部のポーラーパインが豊富に育つ地域があります。

カルストゥラの工場で使用される原木は1974年の段階では30Km先までの範囲から集められていました。

ログ材の生産には理想的な立地にありながら、この主要原料を集める範囲はそれほど拡大しているとはいえませんでした。

今から10年前の2008年には、カルストゥラから70Km先までの範囲になっていましたが、1974年当時から何倍にもなっている製造量や売り上げ高を考えると、これは決して大きな数値ではないといわれています。

ホンカの歴史2

ホンカは現在のところ、単独で材木を購入する企業としてはフィンランドで最大です。

これまでのホンカが、材木の確保がままならないなどの理由で、製造に支障をきたしたことはありません。

これはそれぞれの購入先との長年にわたる契約と安定した取引があるからです。

市場の良し悪しに関わらず、常にお互いを保障する取引関係を築いているという事ですね。

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『 ホンカの歴史⑪ 』

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HONKAログハウス

今日のホンカの歴史は、1964年の終わりごろからのことについてお話したいと思います。

 

1964年の終わりにネストルとエイノも会社に加わりました。

ホンカ ログハウス 歴史

同時に社名変更を行い、ホンカトゥオテ・ヴェリエクセット・サーレライネン社としました。

1965年には営業所を首都ヘルシンキのカイサニエミ通りに構えました。

さらにマーケティングをより効果的にということで1966年にはヤルヴェンバーにありますエイノ・サーレライネンの居住横に最初のモデルハウスを建てました。

ホンカ フィンランドツアー① (1)

ここは現在の本社であり展示場にもなっている場所です。

これらは実を結び売り上げが伸び始めましたが、同時に新しい課題が待ち受けていました。

当時リクエサにあった工場で成し得る生産量では、需要に応えられなくなってきていたのでした。

生産量を上げるにはそのための投資が必要になり、金策を考えなければなりませんでした。

ログハウス工場の経済的な困難を乗りくるために、会社は株式会社の形をとることにしました。

社名はホンカトゥオテ(株式会社)となり自分たち以外の株主が現れたことで、投資に必要とされていた額を調達することができました。

しかし、これによって創設者である兄弟たちは筆頭株主の座を手放し、同時に自分たちの会社でありながら決定権を失うことになってしまったのでした。

次回は、当時のログハウスに必要な建築材の確保についてお話ししたいと思います。

ホンカの歴史5

【 サーレライネン兄弟の丸ログ機を使ったログハウス。ホッカネン家のこのログハウスは1968年リクエサに建てられました。 】

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『 ホンカの歴史⑩ 』

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UK 施工例16

今日のホンカの歴史は、工場製造を始めたころについてお話したいと思います。

 

1963年、自社として最初のハウスモデルを発表しました。これは全てを工場で製造し、一つのキットとしてまとめて販売するもので、オプションパーツがつけられるようになっていました。

経営が上向きになったことで、丸ログ材を生産する機械の開発に力を注げるようになりました。

製材業界は世界的に見ても、またフィンランド国内のログハウス市場を見ても、競争がなりつつあります。ここで太刀打ちするためには新製品が必要だというのが、サーレライネン兄弟の出した結論でした。それが丸ログ材でした。

かつてホンカが手掛けた丸ログ材の最初のログハウスは、その地域で最高の大工の手によって作られました。

丸ログ材は彼が手で削って用意したものでしたが、最高の大工をしても家1棟分のログ材を整えるのに、33日を要しました。

機械ならば2mのログ材を用意するのに1分、5mの原木をログ材にするには3分あればいいのです。そして家1件分のログ材が午後には揃えられるのです。

 

いよいよホンカの機械加工が本格的に始まりました。ここからどのように展開していくのか楽しみにしていてください。 小俣

 

ホンカの歴史3 

【 ホンカはヘルシンキで催された1965年の国際フェアに参加しました。ゲストとして招かれたウルホ・ケッコネン大統領が、ペンッティ・タパニネンとヴィルヨ・サーレライネンの案内でホンカについての説明を受けているところ。 】

ホンカの歴史2 

 【  リクエサの丸ログ製造の様子。世界初の丸ログ製造機はまだまだ相当の労力を要する者でした。表面を磨くためには、機械を手にとって動かさなければならず、また木に取り付ける装置の取り外しもすべて自分たちの手でしなくてはなりませんでした。】

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『 ホンカの歴史⑨ 』

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 HONKA森林2

今日は、ホンカの会社の拠点を移した頃のお話したいと思います。

1959年から1960年の冬、サーレライネン兄弟は会社の拠点をハットゥヴァーラからリクエサに移転させ、工場を開設しました。

ホンカの歴史1 

当時の業務内容はまだ製材がメインで、実際に建築したログハウスの数は、1960年で15棟に過ぎませんでした。

のこぎりや斧といった手道具を用いずに建てた最初のログハウスは、1962年に完成しました。

リクエサの工場で製造されましたが、将来の方向性を予感させるかのように、そのログハウスが売られた先はイギリスでした。

同時にこの年に手掛けられたログハウスの数は25棟にまで増加しました。

発明の手腕に優れたサーレライネン兄弟が機械化の開発に踏み込んだのは手作業で行うことの重労働をなんとかするためでした。

つまり自分の仕事のきつさをどれだけ軽減できるか、実はそんな簡単なところに端を発しているのです。

機械化をすすめビジネスも軌道に乗り始めると、次は生産力を上げるための機械の高速化や製品の品質改善などを推し進めていくことになります。

初めの頃は金策にも苦しみました。財力がなければ思いのままに製品開発や技術開発を行うことも難しいのです。

製造上の問題は日常茶飯事、経営自体も非常に難しい状態にありました。

機械によるログ材の生産はそれほど注目された分野ではなく、道具も機械もないといっていい状況でした。

これらを解決するため、工夫を凝らして発明をすることで少しずつ前進していきました。

これがホンカの成長のバックボーンとなっているのです。

ホンカの歴史 

【 1958年にサーレライネン兄弟が角ログで建てたサウナとアッセル・サロ。 】

 

少しずつホンカの歴史を知ることで、ますます施主としても興味が湧いてきます。

それでは今日は、この辺で・・・。

小俣 ホンカ 小俣

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『 ホンカの歴史⑧ 』

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HONKA UK6

今日は、ホンカが本格的に建設ビジネスに乗り出していく過程をお話したいと思います。

 

1950年代の終わりになるとのこぎり戦争と呼んでいいくらいに、大小さまざまなのこぎりが登場し、しのぎを削っていました。

レイヨ・サーレライネンはここで自分がやってみようと一念発起し、平削り盤を購入したのでした。

 仕立て屋として商売のいろはを学んで生計を立てていたアルヴォ・サーレライネンが、大工として働いていた兄ヴィルヨと共にレイヨに加わりました。

最初の事務所は畑。青空オフィスだったのです。
彼らは工場ローンを組み、そしてさまざまな機械を購入しました。

また、嵐などで発生する国有林の倒木を買い求めました。ついにその時が来たと感じた時、兄弟はサマーハウス建設ビジネスに乗り出したのでした。

ホンカの歴史 サルッカヨキ
【 1954年のサルッカヨキ。これがかつての製材の様子です。のこぎりなど1950年代の道具や機材では、大変な労働力を使わなければなりませんでした。また、長く厳しい冬などの自然条件によって、期間も限られた中での作業を強いられていました。 】

フィンランドではちょうどセカンドハウスを求める人たちが増えつつあった時期でした。
戦後、フィンランド人の余暇の過ごし方は急変していました。

マシンカット 歴史

夏休みの制度が法で定められ、生活水準も上がり、その中で人々は以前にも増して余暇を過ごすための家づくりを考えるようになっていったのです。

サマーハウスの黄金時代は1950年代にはじまり1970年代にはその数が25万に達していました。

ホンカ ログハウス 歴史

サーレライネン兄弟の当時の企業アイデアは時代を見事にとらえていました。
需要が大きく、一方では供給する側はまだそれほどいません。

こうして業界の鍵を握るポジションにつきながら、機械を使ったログ材の生産や、さらにビジネスを成長させる新しい製造方法を次々と生み出していくのでした。

 

この続きは、また次回・・・。

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