カテゴリー別アーカイブ: ホンカの歴史

ホンカ インテリア19

『 ホンカの歴史 ㊵ 』

こんにちは。
ホームコーディネーターの小俣です。

今日のホンカの歴史は、北米の市場についてお話ししたいと思います。

ホンカは1990年代初めに、北米市場の開拓に乗り出し、テストマーケティングを開始しました。

当時ログハウス業界では、世界市場の2割がカナダとアメリカによって占められていました。既にアメリカではサリ・サーレライネンの手によってマーケティング調査の結果は出ていました。

HONKA アメリカ【 アメリカに建てられたホンカの大型ログハウス】

テネシー州ノックスヴィルで建設会社を経営していたドルマン・ライネと共同で、1995年ホンカ・サウスイースト社という子会社を設立しました。

子会社の実験期間は1998年に終了し、ホンカは15%の株を買収しました。同時に社名変更も行い、ホンカ・ホームズUSA社となります。

1999年には所在地をデンバーに移し、業績も順調に伸びるかと思われていました。ところが市場にうまく入りきれない状況が続き、思っていたように事が進みません。ホンカのとって致命的だったのはフィンランドのログハウス文化と北米のそれが違っていたことでした。

どっしりと大きく、野生的な荒々しさがログハウスのイメージだと考える人達にとって、ホンカの淡い色合いで繊細な、高い品質を誇る磨き上げられたログ材には違和感が生じてしまいます。その上2003年に始まった対ユーロのドル安傾向によって、ヨーロッパの商品は何もかもが高く感じられてしまいます。

ホンカは2005年に北米戦略の見直しをおこない、マーケティングの範囲をカナダにまで拡大しました。またすべての契約を代理店形式に改めました。これは各代理店の取り次ぎが、結局はフィンランド本社と直接行ったていたのを考慮してのことです。これによって子会社の必要性は明らかに低くなりました。結果2006年にホンカ・ホームズ社は閉鎖となりました。

HONKA アメリカ2【 ホンカ・ホームズUSA社はアメリカンフットボール選手のスティーブ・ヤングの住宅を手がける。ユタに建てられた住宅の床面積は1500㎡。建築家マイク・アップウォールとRIコンサルタントが設計した家の建設では、ホンカの代理店ナチュラル・チョイス・コンスオトラクション社のジョン・ポチョノクが指揮をとった。 】

次回は、ロシアと旧ソビエト連邦の国々についてお話ししたいと思います。小俣

平井 小俣 ログハウス ホンカ 写真

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ホンカ 施工例4

『 ホンカの歴史㊴ 』

こんにちは。
ホームコーディネーターの小俣です。

今日のホンカの歴史は、日本の2001年以降の売上高についてお話ししたいと思います。

日本経済が明らかに下降傾向にあった2001年、ホンカ・ジャパンは売上高だけでも他の営業成績でも、過去最高の結果を残しました。

ホンカ ログハウス工場 (9)

住宅に力を入れ始めた時期が、時代と社会の需要に当てはまったのが理由の一つと考えられています。21世紀に入ってからの日本経済は相変わらず難題続きの状態ではありましたが、ホンカは当時日本での業績に円安のあおりが見受けられたそうです。

それでもなおホンカ・ジャパンの成績は伸びをみせ、翌年には組織を拡大しました。ところが2005年になりホンカ・ジャパンの売上が下降、組織の見直しに取り掛かりました。

まず代理店のネットワークのあり方を見直し、さらに取引先の広告代理店を変えました。こうした見直しにも関わらず、結果は好転の兆しをみせることがありませんでした。この状況は2007年に入っても続いており、組織の縮小化を決定しました。この背後には建築基準が厳しくなり、建築許可数が減少したという社会的な事情もありました。

ホンカ カルストゥラ ログハウス

マルコ・サーレライネンによると、日本には木造建築を高く評価する文化的基盤があるという。当時は50歳から60歳代の夫婦で、別荘を購入したいというのが主な顧客層でした。日本の余暇時間は年々増加傾向にあり、これによってセカンドハウスで休暇を過ごすライフスタイルの人気も上がってきていました。

一方で、住宅を購入する人達の層は先の顧客の子供達であることが多く、どちらの場合も平均以上の年収があり、比較的余裕のある暮らしをしている人達でした。購入するものはそれがログハウスであれ洗濯機であれ、しっかりと品を見極めて決定します。

とくに品質とデザインが購入の決め手になるということなのです。

次回は、北米の市場についてお話ししたいと思います。小俣

平井 小俣 ログハウス ホンカ 写真

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WORLD OF HONKA (24)

『 ホンカの歴史㊳ 』

こんにちは。
ホームコーディネーターの小俣です。

今日のホンカの歴史は、日本との最初の取引についてお話したいと思います。

日本との最初の取引については、ホンカの歴史を語る上では切り離せないものです。ホンカの飛躍を可能にしてくれたのが商談となります1972年の日本との250棟の取引は幸運なことでありましたが、同時に勇気のいる決断でもありました。以来、日本の市場は常に意識され、また将来的に重要とされる輸出国であり続けています。

ホンカは西武グループと良好な関係を築いていきました。西武グループはホテルチェーンなども経営する多角経営企業です。1970年初頭、まず建築家ヘイッキ・シレンとの共同プロジェクトから関係が始まります。

建築家はヘイッキ・シレンに加え、彼の事業所に勤めていた倉富聡がその後の共同プロジェクトに参加しました。

日本  ホンカの歴史6
【 マウリ・サーレライネンと倉富聡 】

西武との契約は、通常のビジネスとは少し違った意味のあるもので、会社の経営内容の幅を広げるような出来事でした。

1991年に日本の子会社、ホンカ・ジャパン社が東京に設立されました。ここでは代理店のネットワークを作ること、輸入、マーケティング、製品開発に重点をおく方針をとりました。開設にあたって輸出部門を統括していたペッカ・マティライネンが日本に赴き、半年にわたって準備をしました。

日本  ホンカの歴史日本  ホンカの歴史1
【 箱根に完成した西武のログハウスの一部 】

子会社の初代社長に田辺公彰を迎えます。順調なスタートをきり、ホンカにとってはさらに馴染みの深い市場となりました。売れ筋は長年にわたって別荘に集中していましたが、1998年を機に、住宅としての需要が目立つようになっていきました。

日本  ホンカの歴史2
【 ホンカ・ジャパン社長就任当時のマルコ・サーレライネン 】

ホンカの日本子会社はその準備段階からマルコ・サーレライネンが深く関与しています。彼は地域密着型のホンカの販売会社というコンセプトをイメージしながら、日本での子会社運営を考えていました。その為、彼が日本で力を入れたのは代理店のネットワークを構築していくことでした。マルコは、1996年にホンカ・ジャパンの社長に就任し、現在に至っています。

次回のこのシリーズでは、日本の2001年以降の売り上げ高についてお話ししたいと思います。 小俣

只今千葉県富津市で施工中の現場を見学できますので、お気軽にお問い合わせください。

《 お問合せ・予約先 》
平井 E-mail:hirai@honka.co.jp
平井携帯電話:090-3132-1169

千葉県富津市の現場の様子 ➡ 施工担当のKIGUMIさんのブログ

平井 小俣 ログハウス ホンカ 写真 小俣

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HONKA

『 ホンカの歴史㊲ 』

こんにちは。
ホームコーディネーターの小俣です。

今日のホンカの歴史は、フランスの子会社の売上げについてお話したいと思います。

2003年から2006年の間にフランスの子会社が売り上げたシェア率は8%から12.5%への成長を遂げました。今後も数値を上げていくと予想されていました。

またこの会社は15か国で構成されるニューマーケットのチームに加盟しました。これはまだホンカが重点を置いていない国々でありますが、ここで継続的に行われる売上げの上昇は本社にとっても大きな意味があります。

フランスの子会社の総売上げ高は年々右上がりの成績を残しており、今ではホンカがフランスでも最大のログハウスメーカーになっています。

この子会社が非常にうまく機能しているのは、数字にもよく表れています。フランスではここのところ建築そのものが伸び悩んでいる一方で、フランスのホンカは売上げ記録を更新したりしているのです。

各地の住宅地開発計画への参入には目をみはるものがあります。たとえば2008年に南フランスのピレネー山脈にできた住宅区域にはホンカを20棟建築しました。またシャンパーニュ地方にも同じように12棟を建築することになりました。

ホンカの歴史 フランス世界各国からホンカの人達がやってきたフィンランドでホンカ・サミットを開催。冬のラハティで開催されたこのイベントで勝利を手にしたフランスの「 チーム・フランス 」

次回は、日本との最初の取引についてお話ししたいと思います。

『 千葉県富津市 平屋のログハウス建て方工事見学受付中!』

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2019.3.29ホンカ海外 

『 ホンカの歴史㊱ 』

こんにちは。
ホームコーディネーターの小俣です。

今日のホンカの歴史は、フランス向けの輸出についてお話したいと思います。

ホンカのフランス向けの輸出は既に1970年代半ばから始まっていました。はじめはその都度個々に売るという小さな規模の物だったそうです。

80年代にさしかかる時に、フランス人とフィンランド人の夫妻、マルティーヌ・キヴィマキとマルック・キヴィマキが、トゥールーズに営業所を開設しました。1978年のことでした。

この会社は、のちに代理店のネットワークを拡大していく上で、ホンカにとって大きな役割を果たしてくれたんだそうです。

フランスの子会社は1995年、パリに設立されました。これはもともとフィンウッド社とピエール・ヴァシェランによる子会社の基盤の上に実現しました。ここでの業務はフランスの各代理店のサポートにあたることでしたが、当初はネットワークがうまくいかず、フランスの業界の中にホンカの地位を確保するまでには至らずにいたそうです。

建築材として、ログ材はフランスではそれほどの価値が見出されておらず、ログハウスも他の木造建築と同じように見られていました。フランスでは長らく、ピレネーやアルペンといったドイツの影響の強い地域に需要が限られていましたが、少しずつではありましたが他の地域でもログハウスが評価されるようになり、のちに取り扱われるものも休暇用から住宅用になっていったそうです。

フランス ホンカの歴史6
【 建築家ジャン=ミシェル・マルティグノン氏が設計したホテル・ヴァルピエール・ロッジ(2002年)。スイスのバレーにあります。 】

次回は、フランスの子会社の売り上げについてお話ししたいと思います。

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2018.9.9

『 ホンカの歴史㉟ 』

こんにちは。
ホームコーディネーターの小俣です。

今日のホンカの歴史は、ドイツへの行動についてお話したいと思います。

ドイツには1972年から代理店がありましたが、新しい進出のための戦略として意識的に行動に出たのは1986年です。

ハノーバーで行われたコンストラクタ・フェアに参加したのでした。

指揮をとったのは長年ホンカで部長として輸出部門を支えていたレイヨ・ライハネンでした。彼は後にフランスの輸出マネージャーとして、またフランスでの子会社経営で手腕を見せる人物でもありました。

このフェアによってドイツは現在の代理店ネットワークの根幹とも呼ぶべき人脈が出来ました。ここで出会ったウルフガング・ヴォン・オウ、クララ・ヴォン・オウ、フォルマ・ボット、ローランド・ボットは今でもホンカの代理店として活躍しています。

1980年代後半には代理店数は8になり、ドイツ国内にはホンカのサービスセンターと研究所もあります。

ホンカの歴史 ログハウス

ドイツの子会社はホンカ・ブロックハウスは1992年、ニーダーザクセン州のモルベルグに設立されました。共同経営者としてヘルムット・ジャスパースを迎えます。

1993年にはユハ・コノネンがドイツ輸出を担当することになり、成果を上げていきました。

2003年ブロックハウスの社長として新しくホルスト・クナフルが任命されました。このときホンカは子会社の株をすべて獲得しますが、当時ドイツでは経済不況が長引いていました。

2004年、組織の見直しにあたり、人員の大幅削減に踏み切りました。これは顧客主体の効率的な組織にする為の決断でもありました。2005年7月、ホルスト・クナフルを解雇し、新しい社長としてホンカで様々な職務経験を積んできたヨルマ・ルースカが任命されたのでした。

新しい経営方針を打ち出して子会社の基本戦略を変更し、代理店たちからの信頼も回復し、売り上げも持ち直しつつありました。

ところが、ドイツの建築市場が停滞します。2007年は建築許可数からみると、これまでで最小の状態となっています。これは2006年のはじめに消費税が上がったことや住宅購入者向けの援助が廃止されたことが原因だと思われるそうです。2007年10月よりホンカ・ブロックハウスの社長にマッティ・ナウッカリネンが就いています。

次回は、フランス向けの輸出についてお話しします。

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『 ホンカの歴史㉞ 』

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HONKA 室内 子供2

今日のホンカの歴史は、海外進出の見直しについてお話したいと思います。

ホンカの海外進出に関しては、簡潔な新しい形で取り組むことになりました。

新しい戦略は「 ホンカのブランドを輸出先に浸透させること。局地的ではなく、対象国全体に視野を広げること。」でした。ここで対象国として挙げられたのが、これまでも良好な関係を続けていたドイツ、オーストリア、日本、フランスでした。さらに新たにアメリカを加えました。

これらの国々を対象に計画的なマーケティング戦略が練られることになります。日本とドイツ、フランスそしてアメリカで次々と子会社を設立しました。

1991年から1995年にかけてのことでした。これらの子会社がホンカの主な輸出国それぞれの中心として、あらゆることに対応するようになりました。

ドイツへの輸出を意識的に働きかけるようになると、まもなくしてホンカの重要な海外取引先となりました。1990年初頭に東西ドイツが統合され、一時的に売り上げが鈍っていました。

これは国の西側の代理店たちが旧東ドイツに力を入れるようになり、そのために西側での売り上げが落ちたことが原因でした。2年ほどでこの問題は解消し、売り上げは元に戻っただけでなく、さらに成績を上げていきました。

1990年代も半ばに差し掛かるころ、環境にやさしいものへの評価が上がり、同時にログハウスの人気が高まったこともあります。しかし、住宅ローンの利息に対する減税措置が縮小されたことで、1995年には住宅の購入が減少しました。

その他、建築基準が変更されたことで難題もふりかかってきました。問題が次から次へと襲いかかり、困難なことも多い。それでもドイツはホンカにとって重要な輸出国であり続けています。

フィンウッド社の買収はホンカの輸出戦略を拡大させることにもつながりました。それはフィンウッド社が行っていたパートナー制度を採用したからです。パートナー取引は、ハウスキットを地元の代理店に売り、そこで彼らの名で販売するというものです。

ホンカではこのようなシステムは、1980年の自社ブランドの強調戦略によって既に廃止されていたのでした。1996年に輸出パートナーは8か国に及び、パートナーシップ契約での売り上げは輸出全体の29%になりました。1990年代のはじめにこのような輸出体制をとったことは、正しい選択であったと考えられますが、結局その後のマーケティング開発では全く別の道をたどることとなりました。

1998年、ホンカのブランド戦略が一本に絞られたからです。これによってホンカというブランドの認知度を世界的に高める方針が打ち出されました。全てホンカの名前で取引を行うこととなりました。これまで可能だったパートナー自身のブランド名での販売は、新しい決定では受け入れられないものとなったのでした。

フィンランド ホンカの歴史_ハウス・フライボルグハンブルグに完成した500㎡の住宅、ハウス・フライボルグ(1990年) 

次回のこのシリーズは、ドイツへの行動についてお話しします。

小俣 ホンカ 小俣

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『 ホンカの歴史㉝ 』

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2019.5.9 本物 木の家 住宅

今日のホンカの歴史は、海外の子会社による経営についてお話したいと思います。

海外の子会社は1990年代初頭にホンカの経営を拡大させ、海外の子会社による経営規模の拡大は計画的に行われ、まずはスウェーデンから着手されました。

1980年代半ばにはスウェーデンでの市場も軌道に乗り始めます。ホンカの最初の海外子会社が設立されたのは、スウェーデンのスヴァンスカ・ホンカラケンネ社で1978年のことです。

スウェーデンのログハウス市場にはかなりの投資をしましたが、それは勝算があってのことでした。

ところが技術的なことに始まり、考え方の違いなど、数々の困難が生じました。それでもスウェーデンの市場には期待が大きかったのですが、住宅ローン問題がその期待を飲み込むかのように襲いかかってきました。

ホンカ 軽井沢プリンス

購入者たちは、ホンカの子会社を通じてスウェーデン郵便貯金銀行から住宅ローンを組んでいたのですが、その利息が高かったそうです。同時にスウェーデンでは1980年代初頭に国の財政改革があり、納税制度の見直しなどの影響で建設業界全体が不況に陥ってしまいました。

ホンカを購入したもののローンが払えない状態になった人達が増え、物件がホンカの手元に残るようになってしまう。最後は底値で売るしかない、そのような決断にまで追い込まれました。

あまりにも風当たりが強く、もはやスウェーデンでの市場には見込めるものがないと判断し、それまでの計画を中断して、1985年には子会社を閉鎖することにしました。

最終的な撤退は1987年になります。スウェーデンでは成功することはありませんでしたが、高い授業料を払って学んだものと考え、次の海外進出での成功に目を向けました。

次回のこのシリーズは、海外進出の見直しについてお話しします。

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『 ホンカの歴史㉜ 』

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HONKA UK 2015.4.24

今日のホンカの歴史も、前回の続きで1970年代のお話しです。

ホンカの海外進出は1970年代には、3つの方法で行われていました。

ひとつは子会社設立で、例えばスウェーデンがそうです。その他代理店形式をとり、ドイツやオーストリア、日本がこのやり方を取りました。

3つ目はエージェント形式で、これが一番使われていました。ドイツの大学都市マルブルグのヘーリット・ヘルベルスハーゲンがドイツで最初の代理店としてホンカの販売にあたったのが、1972年のことです。

ハンブルグでは建築家ブレーメールがサポート役となりヴケセが代理店業務を開始。キールではフィンハメント社ヨル・フブナーが1978年にホンカに加わり、彼はドイツで一番息の長いホンカの代理店として活躍した方だそうです。

1980年代に入って重要な輸出先が加わりました。フランスやスイス、オランダです。1970年代後半の売上に占める輸出の割合は変動が激しかったそうです。

HONKA 工場全景

〖 カルストゥラから世界へ向けての物流システム 〗

1970年代はじめ、カルストゥラの工場が可動し始めたころに使われていたのは、リフト仕様のあるトラクター1台のみでした。

これがありとあらゆる仕事をこなしていたそうです。工場の製品をトレーラーに運び込むのも仕事のひとつでした。

HONKA 工場6

現在では製品は全てパックされて出荷を待つようになっており、オペレーターがコンピューターで次の製品が何かをチェックします。

出荷時に行わなければならないのは、コンテナやトレーラーに積み込む際にどのようにキットが入っているかを示した見取り図を作成することです。

これに加えて日本輸出されるものに関しては、お客様に見せるために、製品の画像とともにそれを運ぶトレーラーやコンテナの画像をデジタルカメラで撮影することになっているのです。

ホンカの歴史  出荷時写真3ホンカの歴史  出荷時写真2ホンカの歴史  出荷時写真1ホンカの歴史  出荷時写真

これによって製品がまとめられ、コンテナにきちんと運ばれたことをお客様に確認してもらうことができるのです。当時は画像を書類に同封して届けていましたが、現在は画像データをダウンロードしてお客様にお見せしています。

常に最新のICシステムを導入し、在庫確認などの作業を簡単にし、さらに徹底した品質管理を可能にすることが出来るのです。

次回のこのシリーズでは、海外の子会社による経営についてお話したいと思います。

小俣 ホンカ 小俣

□◆ 32坪のログホーム・建て方工事見学実施中! □◇

日時  : ご希望の日時にあわせてご案内中!

場所 : 埼玉県飯能市  ※案内図はご予約の際にお送り致します。

予約先 : メール hirai@honka.co.jp 携帯 090-3132-1169

担当  : 平井まで

※工事中の現場のため、安全に配慮し予約制とさせて頂きます。 皆さまからのご予約、お待ちしています!

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『 ホンカの歴史㉛ 』

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HONKA 2.27

今日のホンカの歴史は、前回の続きで1970年代のお話しです。

1970年、ヴィルヨ・サーレライネンは自らが株主となるノルディック・ハウス社の営業所をトゥルクに設けました。

ここは輸出を目的に設立された会社でした。

マッティ・イコネンがその輸出を担当することになり、1974年には、本社への統合に伴ってトゥルクからトゥースラへ移りました。この時にイルメリ・シュメリザーが入社しましたが、彼女は2007年の定年まで、輸出畑一本でホンカの輸出を担当し続けました。

ホンカは目覚しい海外取引をスタートさせたかようですが、1970年代は輸出にはまだまだ消極的でした。簡単に言えば、お客さんが来てくれるなら売るというやり方でした。自分たちから海外へ向けてアピールすることもあるにはありましたが、微々たるものでした。

1970年にオーストリアがホンカの輸出先として意識されるようになります。

ホンカの歴史【 オーストリアにあるホンカが建てたELKのモデルハウス. 】

ヨハン・ヴァイシェルバウムの家を販売していた家族経営のイヴォ・インターナショナル社が、フィンランドのログハウス輸入を始めたのでした。こことの連携が終了してからも、ホンカはオーストリアに通うなど自ら積極的に代理店に会い、継続的にホンカの輸出が出来るようにしました。

ホンカの歴史1【 ホンカがドイツに近いオーストリアの街アムステルダムにオープンさせたデザインセンター。2003年オープニングにて、クリスチャン・ウィンクルハンマー(左)、マウリ・サーレライネン(中)、カリ・サーレライネン(右)。 】

オーストリアでの市場拡大が大きく成長したのは2001年から2004年にかけてのことでした。アルヴォ・サーレライネンの息子カリ・サーレライネンが家族と共にオーストリアに移り、オーストリアとスイスのセールスマネージャーに就任しました。彼の業績は大きく、これによって代理店数もモデルハウスのネットワークも格段に増えたのでした。

次回のこのシリーズも1970年代についてお話ししたいと思います。

小俣 ホンカ 小俣

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日時  : 3月1日(金)~  5日(火) 9時 ~ 16時

場所 : 埼玉県飯能市  ※案内図はご予約の際にお送り致します。

予約先 : メール hirai@honka.co.jp 携帯 090-3132-1169

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※工事中の現場のため、安全に配慮し予約制とさせて頂きます。 皆さまからのご予約、お待ちしています!

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